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【かつやチャンネル】2020-9-11-尖閣衝突事件10年-YouTube

【尖閣衝突事件】前原誠司元外相証言を巡る、菅直人元総理の反論と岡田克也元外相の見解

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前原誠司元外相が、10年前の2010年9月7日に尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の領海内で発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件で、当時の菅直人首相が、逮捕した中国人船長の釈放を求めたと明らかにした。

この発言を巡り、菅直人元総理、当時防衛政務官の長島昭久議員、当時外相・幹事長の岡田克也議員らから、様々な反論や見解が述べられている。

この尖閣中国漁船衝突事件は国民が知り得ない問題が多く、当時、政権内部がどう動いたのかを知るひとつの手がかりとして、個人的な意見を交えず、それぞれの発言をそのまま記録しておきたいと思う。


前原誠司元外相証言

船長釈放「菅直人氏が指示」 前原元外相が証言 尖閣中国漁船衝突事件10年 主席来日中止を危惧

旧民主党政権は処分保留による船長釈放を「検察独自の判断」と強調し、政府の関与を否定してきたが、菅氏の強い意向が釈放に反映されたとみられる。

 前原氏によると、国連総会に出席するための22年9月21日の訪米出発直前、首相公邸に佐々江賢一郎外務事務次官ら外務省幹部とともに勉強会に参加。その場で菅氏が公務執行妨害容疑で勾留中の船長について「かなり強い口調で『釈放しろ』と言った」という。

 前原氏が理由を聞くと、菅氏は同年11月に横浜市でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議があるとして「(当時の中国国家主席の)胡錦濤(こ・きんとう)が来なくなる」と主張。中国側は船長の釈放を要求し、政府間協議や人的交流の中止などさまざまな報復措置をとっていた。釈放しない場合、胡氏が来日しなくなることを懸念したとみられる。

 前原氏は「来なくてもいいではないか。中国が国益を損なうだけだ」と異を唱えたが、菅氏は「オレがAPECの議長だ。言う通りにしろ」と述べた。前原氏はその後、当時の仙谷由人官房長官に「首相の指示は釈放だ」と報告した。

 当時の外務省幹部も「菅首相の指示」を認めた。菅氏は産経新聞の取材に「記憶にない」と答えた。

 事件は22年9月7日、尖閣諸島沖の日本の領海内で発生。中国漁船が海保の巡視船2隻に相次いでぶつかり、海保は8日未明に船長を逮捕した。その後、中国側はレアアース(希土類)の対日輸出停止や中国内での邦人拘束といった対抗措置をとり、那覇地検は24日、勾留の期限を5日残して船長を処分保留で釈放することを決定。那覇地検は理由として「日中関係を考慮」などと説明した。

産経新聞(2020.9.8 06:00)

【尖閣衝突事件10年】前原誠司元外相「菅首相が船長を『釈放しろ』と言った」

 民主党政権だった平成22年9月7日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の領海内で発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件当時の国土交通相で、漁船船長の釈放時は外相だった前原誠司衆院議員に話を聞いた。(肩書は当時)

--事件発生時の国交相として、どう対応したか

 「当日は参院国交委員会に出ていて、秘書からメモが入った。委員会後に大臣室に戻り海上保安庁の鈴木久泰長官から報告を受け、その日のうちに衝突時の映像を見た。極めて悪質な事案だということで、長官の意見を聞いたら『逮捕相当』ということだった」

 「ただ、外交案件になり得る問題なので、私から仙谷由人官房長官に『海保長官から逮捕相当という意見が上がっている。私も映像を見たが、逮捕相当だと思う。あとは外交的な問題も含め官邸のご判断をお願いしたい』と伝えた」

--船長逮捕は翌日になった

 「岡田克也外相はドイツに外遊中だった。それで連絡に時間がかかったと聞いている。菅(かん)直人首相と仙谷氏と岡田氏で話し合い、逮捕という結論に至ったと思う」

 「小泉純一郎政権の平成16年に中国人が尖閣に不法上陸した際は強制送還とした。ただ、わが国固有の領土に不当に入ったのと違い、衝突事件では危害を加えられた。そこが全然違う。9月16日に石垣島に視察に行き、巡視船は沈む一歩手前だったと報告を受けた。一つ間違えれば海上保安官の命に関わる話だった」

--9月17日に外相に就任した後の対応は

 「下旬に米国で国連総会があり、出発直前にその勉強会で首相公邸に呼ばれた。佐々江賢一郎外務事務次官ら外務省幹部と行った。そのとき、菅首相が船長について、かなり強い口調で『釈放しろ』と。『なぜですか』と聞いたら『(11月に)横浜市であるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に胡錦濤(中国国家主席)が来なくなる』と言われた」

 「私は『来なくてもいいじゃないですか。中国の国益を損なうだけだ』と言ったが、『オレがAPECの議長だ。言う通りにしろ』ということで流れが決まった。仙谷氏に『菅首相の指示は釈放ということです』と報告した」

 「私と菅首相は訪米し、あとは仙谷氏が対応することになった。逮捕すると決めておいて釈放するのは一貫性がない。仙谷氏は泥をかぶった。訪米するときに『オレに任せておけ』と言われた」

 「20日に佐々江氏が中国で戴秉国(たい・へいこく)国務委員(外交担当)に会ったときに映像を見てもらおうと思った。私が指示した。映像を見れば、どちらが悪いか一目瞭然だからだ。しかし『捏造(ねつぞう)したのではないか。そんなものは見ない』として最後まで見なかった。日本がこれを機会に尖閣の実効支配を強化しようとしているのと警戒していたようだ」

 「当時、オバマ米政権は米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条を尖閣に適用すると言っていなかった。訪米した私はクリントン国務長官との会談前日、ニューヨークの日本総領事館に東アジア担当のキャンベル国務次官補を呼んだ。20年来の知り合いだ」

 「こうした事件が今後あるかもしれないと思い、『尖閣への5条適用を言ってほしい』と頼んだら『分かった』と。彼はその代わり『これ以上、ことを荒らげるなよ』とも言っていた。そして翌日、クリントン氏は5条適用と言った」

--どこで対応を間違えたのか

 「官邸の一貫性がなかったのが最大の問題だった。逮捕相当との意見を上げ、そして逮捕を決めたのは官邸だ。その主が釈放しろと言ってきた。そのつじつまを合わせるために泥をかぶったのが仙谷氏だった」

--10年後の現在も中国の挑発は続いている

 「挑発は、もっと強くなる。南シナ海の次は東シナ海だ。必ずやってくる。それに備え、(平時と有事の区別がつきにくい)グレーゾーン事態に対処する法制の整備が大事だ。中国を刺激するという意見もあるが、中国海警局は軍隊だ。日本の護衛艦を白いペンキで塗って『Japan Coast Guard(海上保安庁)』と書いているようなものだ。だから、海保と海上自衛隊の増強、日米同盟の協力深化を絶えずやっていかなければならない。中国は隙さえあれば突いてくる。もっと防衛費を増やし、海保の人員を増やすことをやっていかないと尖閣は守れない」

産経新聞(2020.9.8 06:00)

前原誠司議員のTwitter発言

官房長官は総理の女房役。しかし、尖閣の中国漁船衝突事案に対する仙谷由人官房長官に対する筋違いの批判は、実情を知っている者として、ずっと心に引っかかっていました。

今回、産経新聞の取材に応じたのは、仙谷先生に対する思いがあったからです。しかし、あの世に行った時、仙谷先生に叱られるかもしれません。「前原よ。墓場まで持っていかんかい」

主な反応

菅直人元総理の反論

尖閣諸島は我が国固有の領土であり、尖閣諸島をめぐり、解決すべき領有権の問題は存在していない。尖閣中国漁船衝突事案は、中国漁船による公務執行妨害事件として、我が国法令に基づき、厳正かつ粛々と対応したものである。指揮権を行使しておらず、私が釈放を指示したという指摘はあたらない。

長島昭久元防衛政務官の発言

(長島昭久議員は、当時防衛政務官)

この後始末をさせられたのが、当時官房長官だった仙谷由人さん。凡ゆる批判の矢面に立ち黙々と処理されました。その真実を知り仙谷さんを励ました数少ない野党幹部(当時)の一人が麻生閣下。このような愚かな事大主義からの脱却も安倍政権の重要なレガシーの一つ。菅義偉さんにも引き継がれます。

岡田克也元外相の見解

前原証言が掲載された4日後、岡田克也議員が動画とブログで自らの見解を述べた。

岡田克也議員の見解①(動画)

ホワイトボードの画像。

【かつやチャンネル】2020-9-11-尖閣衝突事件10年-YouTube

以下、テキストにしてみた。

太字がボードに書かれている文字。
ノーマル文字は動画で語られている内容を文字おこししています。

論点

(ホワイトボード右上)
(尖閣衝突事件をめぐる)論点は、4つ位あります。

  • 逮捕すべきでなかった
    あれだけの酷い事案。それで逮捕せずに無罪放免というのは、日本の法制上ほぼ不可能だった。
  • 強制退去すべき
    小泉内閣時、島に上陸した民間人を逮捕はしたが、強制退去させた。これと同じことができなかったのか。

    不法入国と公務執行妨害の違い 指揮権発動(ホワイトボード下)
    小泉内閣時=不法入国=強制退去可能
    尖閣衝突事件=公務執行妨害=強制退去不可能
  • 釈放は政府の責任で
    釈放は、検察任せでなく政府の責任で行うべきだった。わたしはこれに共感する。しかし、もしそうだとすると、結局指揮権発動しかなかったということになるが、しかし指揮権発動は手垢で汚れ、ハードルが高い。
  • 保釈せず裁判すべき
    大規模デモが予想されたり、邦人が拘束されたり、中国政府自身も取り扱いに困っていた。

→ 10年前の対応以外に答えがみつからない。

時系列

9.07 海保巡視船に中国漁船衝突
9.08 船長を公務執行妨害罪で逮捕
9.17 内閣改造。岡田外相は幹事長に。後任前原さん
9.19 船長の勾留延長
9.21 レアアース対日輸出停止?大規模デモ可能性?
9.23 邦人4人が拘束
9.24 検察首脳会議で船長釈放

岡田克也議員の見解②(ブログ)

 2010年9月7日に尖閣諸島沖で海上保安庁巡視船と中国漁船が衝突した。当時私は外務大臣としてその対応に追われた。その後、枝野幹事長が参議院議員選挙の責任をとる形で辞任し、私が幹事長に、前原さんが外務大臣に就任した。内閣改造が行われたのは9月17日。従ってそれ以降は、私自身は幹事長として間接的に関与することになった。一部メディアによって当時のことが改めて取り上げられている。以下に私の記憶に基づき、当時の状況を説明することとしたい。

 私が衝突についての連絡を外務省事務方から受けたのは、現地時間で9月7日午前、ベルリンでだった。9時にパリ経由でベルリンに着き、10時半からCDUのカウダー院内総務との会談終了後、12時のヴェスターヴェレ外相とのランチまでの短い時間、保秘のため大使館に戻り、本省の事務方から電話で概略の説明を受けた。その上で、仙谷官房長官に電話し、極めて悪質な事案であり、法令に基づき公務執行妨害で逮捕するしかないと私の考えを伝えた記憶がある。その後官房長官を中心に検討がなされ、日本時間の8日未明に逮捕。私は日本に8日夕方に帰国したが、その日のうちに総理と短時間面会したと記録がある。

 漁船が海上保安庁の巡視船に意図的に衝突したという事案の悪質性から、船長を逮捕しないとの選択は法治国家である以上あり得なかったと今でも確信している。私と前原国交大臣が強硬論者で強く逮捕を主張したとの指摘もあるが、その背景にあるのが、小泉政権時の2004年に中国民間人が尖閣に不法に上陸した際に、逮捕せずに強制送還しており、同様のことはできたはずだという誤解である。この場合にも逮捕はなされている。しかし、その後強制退去させた。その背景に、適用される法令上の差があったことはあまり知られていない。2004年のケースは不法入国であり、入管難民法違反に問われたもの。同法65条に、検察庁への送致をせずに入国管理局に引き渡し、退去強制手続きをとることができることが定められている。この規定に基づき逮捕後起訴せず強制退去させたのが2004年のケースだった。公務執行妨害罪違反に問われた2010年事案では強制送還を行おうとしても、法令上の根拠はなかった。

 私は外務大臣として10日間、中国側との交渉にあたった。事案があまりにも悪質であることがビデオを見ても明らかであること、2004年のケースとは適用される法律が異なり起訴せずに強制送還することは法治国家である限りあり得ないこと、中国側が報復措置をとったり、国民のナショナリズムをあおることなどは日中関係に大きな悪影響を及ぼすことなどを強調した。中国の外交最高責任者である戴秉国(たいへいこく)国務委員は共産党対外連絡部長時代からの旧知の中で信頼関係はあり、話し合えば何とかなると思っていた。しかし、最高裁以下の司法が共産党の下にあり、民主主義国家的な意味での法治国家とは言えない中国の政府要人に、法治国家の概念を理解させることは相当難しいと感じていた。また今回の事案をきっかけに日本と同様中国でもナショナリズムが急速に高まっていた。

 その後、日中関係に及ぼす影響をどう考えるかという大局観に立った判断が求められ、あくまで起訴すべきかどうかが政府内で問題となり、仙谷官房長官を中心に検討がなされたと承知している。私は9月17日に外務大臣職を離れたため、政府内の議論の詳細は知る立場にない。しかし、裁判手続きに入れば長期化し、日中の緊張関係が長い期間にわたり、さらに高まることも懸念されていた。フジタ社員の拘束もあり更なる対抗措置も予想された。そういう中で、検察判断による船長の釈放ということになった。あからさまな公務執行妨害であり、ビデオも流出していただけに、政府の対応は弱腰、責任のがれとして仙谷官房長官を中心に批判が集中した。

 私が仙谷さんの立場だったらどうしただろうかと考えることがある。起訴し、司法手続きに入ることを避けるとした場合に、いま一つの選択肢は指揮権の発動(検察庁法14条但書)だ。仮に、刑事事件に対し法令を超えた政治判断を行うのであれば、法治国家として法律上認められた制度に基づくべきと当時思った記憶がある。しかし、指揮権発動は佐藤栄作幹事長の造船疑獄による逮捕の延長をするために行われたいわば手垢にまみれたもの。これを現実に発動することは政治的に相当ハードルが高く、また発令すれば国民世論を一層刺激することになった可能性が大きい。

 結局政府としては、中国の態度がこれ以上強硬になった場合にどのような事態がありうるかなどについて、検察幹部とコミュニケーションを取ることにとどめ、9月24日に検察首脳会議において検事総長以下の幹部が協議し、検察当局が総合的に判断した結果として船長は処分保留のまま釈放された(正式な不起訴処分は翌年1月21日)。いま考えてもこれ以外に方法はなかったのではないかと思う。法と証拠に基づき判断すべき検察が外交的・政治的判断を行ったとの批判がなされた。また、政府が責任をとらず検察に泥をかぶらせたとの批判もある。他方で正式に指揮権が発動されるよりはよいとの判断が検察側にあった可能性もある。

 他にどのような解決方法があったかと問われると現在の私にも答えはない。漁船ではなく公船が同様のことを行えば、日中関係が緊張したとしても、あくまで断固として対応すべきだが、今回のような偶発的な事件に対し、柔軟な措置をとったことはやむをえなかったと思う。手詰まり状況にあったのは、中国政府も同じで、今回の決着で力で押せば日本は妥協すると思った人もいるだろうが、日本政府が大局的な見地から問題解決したことにほっとした関係者も多かったのではないか。2016年に訪中し、第一線を退いた戴秉国氏を中南海に訪ねた。本件について当時の中国政府の中でどのような議論がなされたのか確認したいと思ったのだ。同氏は「岡田さん、なぜあのとき私に会いに来なかった」と冗談半分に言うだけで肝心なことは何も語らなかった。

 いま、より大国となり強硬な中国と向き合う中で尖閣周辺も緊張が高まっている。今後、同様の事件が起こる可能性は十分にある。公船が意図的に同様のことを行う場合もあり得る。事態のエスカレーションを抑えつつ、必要な対抗措置をとる必要が生じたときに備えて、政府の準備はできているのだろうか。

岡田克也議員公式サイト「尖閣衝突事件10年―私の経験と思い」

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