【安保法制】岡本行夫「日本が一国で日本人の生命と財産を守ることは不可能」 | 政治備忘録

【安保法制】岡本行夫「日本が一国で日本人の生命と財産を守ることは不可能」

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20150713 岡本行夫 衆院平和安全法制特別委員会の公聴会で、自民党の今津寛氏の質問に答える岡本行夫氏13日午前に行われた、安全保障関連法案の中央公聴会での岡本行夫氏の発言です。元外交官で現場を知る人の話ですので、現実的で言葉の持つ力が違います。
先の憲法学者の発言が、いかに現実に無知な机上の空論かということを感じさせられました。

日本だけリスクから目を逸らし、危険に関わらずにいられるなら、それは理想的かもしれませんが、しかしもうそんなことを言っていられる世界情勢ではなくなっています。

もちろん、自らリスクに飛び込んでいけということではありません。当然、誰も戦争なんかしたくありません。

現在の危機は多国間で協力し合わなければ対応不可能であること。日本だけ安全地帯にいることはもう限界に達していること。また、今の状態が逆に安全ではなくなってきていること。

現実の変化を見、その変化に対応して日本も変わらなければ、いざ危機の時に日本と日本人の安全を守ることは難しいのではないでしょうか。

戦争に参加するのかというキャンペーンは、非常に無責任で間違っていると思います。



見出しはブログ主が勝手につけています。

衆院平和安全法制特別委員会は13日午前、安全保障関連法案の中央公聴会を開催した。

与党推薦の有識者2人が国際情勢の変化を理由として法案に賛成したのに対し、野党推薦の憲法学者ら3人は「憲法違反だ」と指摘し、賛否が割れた。

自民党推薦で外交評論家の岡本行夫氏は一部野党のレッテル貼りを念頭に「立派な責任政党が集団的自衛権は他国の戦争に参加するとの誤ったキャンペーンを国民にしていることは残念だ」と批判した。

ほかの公述人は、公明党推薦の村田晃嗣同志社大学長(国際政治)、いずれも野党が推薦した憲法学者の小沢隆一東京慈恵医大教授、憲法学者の木村草太首都大学東京准教授、山口二郎法政大教授(政治学)。岡本氏の発言の詳細は以下の通り。

日本と日本人を守ることができない、集団的自衛権の定義

本委員会が私の意見を聞いてくださることを大変、光栄に存じます。

まず平和安全法制のうち、集団的自衛権の議論に関して一言申し上げます。

内閣法制局が作りました1972(昭和47)年、政府見解はすべての集団自衛権を他国に加えられた武力攻撃を阻止する権利と定義しました。つまり日本国土を直接守る個別的自衛権以外の武力行使は、すべてが他国を守るための行為であり、従って憲法違反だとされたわけです。

しかし、このいささか荒っぽい区分けを持ってしては、日本は1980年ごろから変容した国際情勢に対応できなくなりました

日本と日本人を守るための集団的自衛権というものの存在を認めなかったためであります。例えば多数の日本船に外国船が混じった船団があります。それを海上自衛隊が守ることは相手が国または国に準ずる組織であれば、集団的自衛権の行為に当たりますが、この海上自衛隊の行動は他国を守る行為なのでしょうか。

海外で日本人の生命と財産を守るため、考え直す時期

例えばこの委員会およびその他の場所で何人もの元法制局長官の方々が、今回の平和安全保障法制は違憲であり、撤回すべきだと発言しておられますが、私はむしろ国際安全保障環境の変化をみれば、行政府の部局である法制局が直接的な国土防衛は以外はすべて黒と判断してきたことが果たして海外で日本人の生命と財産を守るために適切だったのかどうかを考え直す時期だと思うのです。

国際環境の変化

どのように国際環境が変化してきたのでしょうか。政府見解が出された1972年は可能性の低い米ソの軍事衝突さえ起きなければ、日本人の生命や財産が海外で危険に脅かされる事態をほとんど考えなくてもよい時代でした。

しかし、その後、情勢は激変しました。北朝鮮の核ミサイル開発や中国の膨張主義などもありますが、日本にとって生命線である中東方面からのシーレーンをめぐる情勢を考えただけでも、その変化はただちに分かります。

1979年にイラン革命が、1980年からはその後9年間続くイラン・イラク戦争が始まり、それ以降、ペルシャ湾情勢は危険を伴うものに変化しました。湾内の民間船舶にイランのミサイルが発射され、無数の浮遊機雷が設置されていた時期もありました。

ホルムズ海峡を通ってインド洋に出れば、アフガニスタンのタリバンが麻薬と武器を輸送するルートです。マラッカ海峡を通って日本に向かえば、その先は中国が支配しようとしている南シナ海が広がっています。

一方、欧州からスエズ運河、バグエルマンデグ海峡を経てアラビア海に出る日本の船舶はソマリア海賊が待ち受けるアラビア海峡を通ります。2000年以降でもソマリア海賊の襲撃は1000回を超え、4000人を超える人質が取られました。

膨大な海域で日本人の生命と船舶を守ることは、日本単独では不可能

この膨大な海域で日本人の生命と船舶を守ることは日本単独では無理です。日本の護衛艦は1990年代には60隻ありましたが、予算上の理由で現在47隻にまで削減されています。このわずかな護衛艦で2600隻の商船隊を守ることはできません。日本は各国の海軍と共同しての護衛であります。海賊からの商船隊護衛を考えれば、分かると思います。自衛隊の護衛艦は派遣依頼、今年の5月までに663隻の日本の民間船舶を護衛しましたが、同時に2900隻以上の外国船舶を護衛し、海賊の襲撃から守ってきているのであります。日本人にとっての誇りです。そして、他国の海軍も外国と日本船舶を一緒に護衛しています。

ISILが襲撃したら道を空けるのか

現在、海上自衛隊がやっていることは海賊対処法に基づく警察行為でありますが、相手が国または国に準ずる組織に変われば、自衛隊の行動は集団的自衛権に変わりますから護衛任務から離れなければならなくなります。イスラム国と称するISILは国に準ずる組織であると思います。彼らの勢いは減っていません。考えてほしいのです。海上自衛隊が襲撃してきた海賊を撃退した後に、ISILが襲撃したらどうなるのか。現在の法制では海上自衛隊は拱手、傍観しなければなりません。どう考えてもおかしい。

弱い海賊に対してすら護衛艦を出動させて警護しているのに、より強大な襲撃者が現れれば、どうぞご自由にと道を空けるのでしょうか。この法制に反対する人々がここのところをどう考えているのか分かりません。

国際護衛艦隊に参加できず、他国に護衛された日本

国際護衛艦隊は仮定の議論ではありません。1987年、イランの攻撃から湾内の商船隊を守るための国際護衛艦隊が組織され、日本も参加を要請されましたが、政府見解に縛られる日本は、護衛対象の7割が日本関係船舶であったにもかかわらず、参加は集団的自衛権の行使にあたるとして断りました。その結果、米国、英国、フランスなどの艦隊は日本船の護衛に当たりました。陸上においても内戦やテロが激増しています。

現実的に集団的自衛権が行使されるのは、海外で日本人の人命と財産を保護するケース

ISILは後藤健二さんと湯川遥菜さんを残虐に殺害した後、これから日本国民を、場所を問わずに殺戮(さつりく)すると宣言したのは、記憶に新しいところです。テロからの邦人保護については警察が対応すべきケースも多いと思いますが、自衛隊が日本人を保護しなければならない可能性が増しています。集団的自衛権の限定的容認には日本の存立危機事態といういささか大仰な表紙が付いておりますけれども、実際的に集団的自衛権が行使される可能性があるのは、海外での日本人の人命と財産を保護するケースだと思います。この意味で立派な責任政党が集団的自衛権は他国の戦争に参加することですとの誤ったキャンペーンを国民にしていることは残念であります。

日米安保体制の強化につながる

この法制は日米安保体制は日本の安全を守る上で、最も重要な仕組みである日米安保体制を強くするものでもあります。日米安保体制は日米両国の相互信頼の上に成り立っています。このようなことがありました。2001年の9・11テロ(米中枢同時テロ)の際、全世界に展開する米軍にテロリストが攻撃するとの可能性があるとの情報があり、横須賀(神奈川県)の米第7艦隊も速やかに硫黄島海域に退避することになりました。そのとき米国は交通量が多い東京湾を迅速に航行しなければならないので、海上自衛隊が先導してくれないかとの要請がありました。

根拠法規を持たない海上自衛隊は苦肉の策として、当時の防衛庁設置法第5条の所掌事務の遂行の調査および研究ができるとの項目を援用し、米艦隊の退避行動を調査するという理由を付けて調査しました。それも日本の領海内だけでした。しかし、こうして第7艦隊の先導をして南下した日本の護衛艦の姿は繰り返し、米国のテレビで放映され、米国民の大きな感動を呼んだ。自衛隊の現場はこのような苦労をしながら、抑止力の維持を図ってきました。今回の法制の下では、自衛隊の護衛艦が堂々と米艦隊が護衛して領海の外まで搬送することが可能になります。

日本人の命と財産を守る負担を、他国に押し付けるのか

再び本旨に戻ります。世界が助け合っているときに日本がわれ関せずという態度を取ることは、すなわち日本人の命と財産を守る負担は他の国に押しつけるということを意味します

現在の世界では宗教や民族、国家間の対立は先鋭化し、ISILのような暴力的な準国家組織が主権国家の連合軍を持ってしてすら、制圧することができないほど勢力を伸ばしている。その中で日本が一国で日本人の生命と財産を守ることは不可能です。

1994年、イエメンの内戦で96人の日本人観光客が孤立したとき、救ってくれたのはドイツ、フランス、イタリアの軍隊でした。2000年からだけでも総計238人の日本人が11カ国の軍用機や艦船などで救出されてきました。1985年3月、イラン・イラク戦争でイランの首都のテヘランが危機になり、日本人215人が孤立しましたが、日本の民間航空機は危険だからといってテヘランまで飛んでくれませんでした。それを救ってくれたのはトルコでした。トルコ政府は救出に派遣した2機のうち1機を日本人救出に当て、そのために乗れなくなってしまった何百人かのトルコ人を陸路で脱出させたのです。

日本では報道されませんでしたが、2004年4月、日本の30万トンのタンカーの「高鈴」がイラクのバスラ港沖で原油を積んでいた際に自爆テロボートに襲われた。そのときに身をていして守ってくれたのは、3人の米海軍軍人と沿岸警備隊員でした。彼らは日本のタンカーを守って死に、本国には幼い子供を抱えた家族が残された。みんながみんなを守りあっているのです。

先週、私はイラクにおりました。ISILとの戦いの前線から40キロのところに首都を持つクルド人地区を訪れて話をしました。クルドの人々が「私たちが多くの犠牲を出して、ISILと戦っているのは、自分たちのためだけではない。世界の安全のためです」と語っていました。著名な憲法学者の方が先般の本委員会で平和安全法制が通れば日本はイスラムグループの敵となり、現在、キリスト教国だけで起きているテロが東京で起こることになると陳述していましたが、ISILのテロをキリスト教国家にだけ向けさせておけばよいということでは良いという話ではありません。

バグダッドの外交官は、命懸けで職務を全うしている

国際社会はお互い助け合っていかなければ生きていけないのです。あえて申しますが、安全保障や対外関係に携わる公務員にとってリスクは不可避でございます。だからこそ、多くの日本政府や援助関係機関の職員が命をかけて危険地域で活動してきた。

別の著名な憲法学者の方は、「外務官僚には自衛隊に入隊を義務づけて、危険地域を体験させよ」と主張しております。そうすれば自衛隊を危険地域に送る法律は作らないだろうと。

こうした現実を無視した違憲によって反対論が主導されているのは、不幸なことだと思う。事実は逆だ。危険だから自衛隊を派遣できないとされるバグダッドには二十数名の外交官が大使館に住み着いて必死でイラクの復興のために今日も走り回っています。すでに2名の外務省職員が尊い命をテロリストに奪われましたが、彼らはひるむことなくバグダッドに踏みとどまり、今も職務も全うしている。

日本の大使館には1名の武官も駐在していない

この関連で法案とは関係ありませんが、一つ申し上げさせてください。バグダッドに置かれた各国大使館のうち主要国をふくむ24カ国の大使館には武官が駐在し、軍同士でしか行われない情報交換を活発に行っている。しかし、日本の大使館には1名の武官も駐在していない。もちろん防衛省や自衛隊が腰が引けているわけではない。危険な地域には自衛官は派遣しないという政治的に作り出された方針のためだ。

本来は武官をバグダッドの日本大使館に常駐させることは日本自身の安全に必要な情報を得るために必要なことです。実現に向けての支援をお願いしたい。

大きな意義は、外敵から身を守り合うコミュニティーに日本も参加すること

最後にもう一言だけ申し上げたい。この平和安全法制の大きな意義は、外敵の暴力から身を守り合う仲間のコミュニティーに日本も参加すること、そしてそのために十分な訓練を受け、装備を有している自衛隊が今日も危機の最前線で働いている公務員と協力して、日本人の命と財産を守れることを信じる。

自衛隊員がそのための強い使命感を持っていることを知っている。皆様のご判断は決定的に重要だ。日本がこれまで各国の善意と犠牲の上に、日本人の生命と財産を守ってもらえる。それを良しとしてきたこの国のあり方を転換できるかどうかの歴史的な分岐点にいるからだと思う。ありがとうございました。

出典:産経 2015.7.13 12:59

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